2011年07月22日

なじょにがすっぺ〜3日間と3か月〜

皆さんこんにちは。
さすがは蛭町先生。試験勉強のことは先生の記事を是非とも読んでください。
http://next-stage.at.webry.info/201107/article_16.html



さて,岩手2日目

南花巻を朝6時過ぎに出発。
前日大雨だったこともあり,大槌から大船渡に行き先を変更。

目的地に向う途中で,震災の爪あとが徐々に現れる。
そんな中,道路には,
「たくさんの支援ありがとう」
「頑張ろう。立ち上がろう」の横断幕が所々に掲げられている。

緊張感と不安と3時間弱かけて9時頃大船渡のボランティアセンターに到着。

P6280677.JPG


港付近は,鼻を突く臭い。
魚介等が腐敗した臭いが潮風に混ざっている。ハエも物凄い数。



自分の取り柄は元気。
着いたらとにかく元気いっぱいでいこうと決めていた。

全40名ほどのリストを渡して,各作業の担当を体力等に従い振り分けていく。

写真の洗浄,避難所のお手伝い等は女性がメイン
働き盛りの男性は,物資の搬入搬出
殺虫班もあった
→水産加工物や冷凍食品の工場が多く,その中身が流れ出し,ハエが大量発生
 特に瓦礫周りにはハエが多いのでその殺虫作業

P6280698.JPG



私は,仮設住宅に向かう班(5人)
私を含め30歳くらいの男性3人,女子大学生2人

作業の前に何度も説明があったこと
「絶対に無理はしないこと,水分補給はこまめにする。最低1時間に1回,
 できれば30分に1回以上」
「自分の身は自分で守る。」「何かあったら遠慮せずにすぐに報告する」

みんなの表情が引き締まる。


私たちは,市役所の方の支持に従って作業しました。
作業内容は,仮設住宅308戸の駐車場作り

P6280679.JPG


石のブロックをひたすら運ぶという作業でした。
それぞれのブロックに女性がスプレーし,私たちはひたすら運びました。

市役所の方と現地のボランティアの方(ドライバー)さんも一緒に作業をしました。
「できれば1日で終わらせたいけど,今日は厳しいかもしれない。」
との言葉に私は燃えました!
「絶対に終わらせましょう!」と言って張り切ってはりました。
外は,日差しが強く30度以上。ちょっと動くとすぐに汗が出る。

何とか午前中の作業を終え,お昼12時から休憩に入る。


そこで,現地の二人が被災した時のお話を聴く。
現地ボランティアの方は,陸前高田で被災,現在避難所生活から仮設に移ったばかり。
当日は,迫り来る津波を背に車で何とか逃げたそうです。家族も全員無事でよかった。

市役所の方は,震災当時は,県の職員で仕事中だったそう。
復興のため,市の職員として仮設住宅等の建設を担当。
1時間の休憩時間,ずっと色々なお話をしてくれた。

そして,13時の作業開始時間を過ぎてもその話は止まらない。
私は,何としても作業を終わらせたかったし,終わると思っている。

会話の中で,
「いつまでいてくれるの?明後日308戸分の家具等の搬入があるんだよね。
 相当大変だから一人でも多くの人手がほしいんだ」

私たちは,次の日は陸前高田に行くことが決まっていた。
それを伝えると少し残念そうにしながらも,あっちも大変だからね。
気が向いたらまた来てね。と言ってくれた。

そこで,ふと思った。

私は,数日間いて,作業してまた東京に戻る。
その分1日張り切って頑張ってやりたい気持ちは強い。

でも,現地の方は,今日無理して頑張っても,やることは山ほどあって,
それが,何か月も何年も続く。
既に3か月以上毎日やってきているんだ。


休憩を切り上げて作業をすることも大事だが,お話をする時間も大事なんだな。
と感じた。

現地の人どうしでは,みんながみんな大変だから分かり合える部分がある代わりに
遠慮して言えないこともある。

被災していない私たちだからこそ,言えることもあるのかな。
 
 
少し延長した休憩を終え,作業に戻った。
体力と元気が取り柄の私は,俄然張り切って,駆け回った。
やっぱりどうしても終わらせたかったから。
最後の最後腕が上がらなくなるくらいになっちゃったけど,
なんとか終わった〜。
 
みんなで協力して作業して,本当に気持ちの良い汗をかいた。


私はちょっとダサい帽子を被っていますが……
初日一緒に活動したメンバーです。

P6280681.JPG



帰りのバスはぐったり,ぐっすり。
そして,夜はそれぞれの活動をご飯のときやお風呂(大浴場がある)で共有しました。


殺虫班のお話
お話では,瓦礫もとにかく殺虫剤を撒いたり,簡単に撤去できない。
警察が捜査をして,人がいないことを確認した後でなければ作業ができない。
まだ,その作業は至る所で続いていた(6月末当時)。
 
 
写真等の洗浄班のお話
写真や権利証を始め,ぬいぐるみ,思い出の品を洗浄して持ち主を待つ。
現地の方とのふとした会話を教えてもらった
 
写真班
「まだまだこんな状態だったんですね。
 瓦礫がこんなにあるとは思っていませんでした。」
 
現地の方
「そうなんだけど,これでも随分片付いたんだよ。
 3か月間ずっとみんな頑張って片付けて,やっと車が走れるように道路も
 綺麗になったし,瓦礫だってまとまってきたし。」
 
「そうですよね。ごめんなさい。」
 
というやり取りを教えてくれました。
 
私も正直,まだこんなにあるんだ。と思いました。
でも,現地の方々は,今までも,今日も,これからも毎日少しずつ片づけを
していたという当たり前のことに気づくことができなかった。
 
 
夜テレビを何気なく見ていると,震災関連のニュースがほとんどで,
しかも地域や内容が物凄く具体的だった。
 
○○市からは,今日自衛隊が何人戻った。○○の焼却炉では○市の瓦礫を何トン処分した。
などなど。
 
 
関東との報道とは違うな。そんな当たり前のことを思いながら,2日目も終了。
 



JAM/THE YELLOW MONKEY



常に僕は何を思えばいいんだろう 何て言えばいいんだろうと考えていた。
行くことによってわかったことがある。感じたことがある。
少しでも共有できれば。
 
 
明日は札幌に発ちます。それでもできる限り更新する予定です。
もちろんまだまだ続きます。
 
なじょにがすっぺ

1 なじょにがすっぺ〜行くことだけが決まっていた〜

2 なじょにがすっぺ〜3日間と3か月〜

3 なじょにがすっぺ〜何が必要ですか?〜

4 なんじょにがすっぺ〜陸前高田沿岸部〜

5 なじょにがすっぺ〜瓦礫の撤去作業〜

6 なじょにがすっぺ〜法律ってどうなの?〜

7 なじょにがすっぺ 〜会いに行く前に〜
 


向田 恭平
posted by 司法志士 向田恭平 at 01:00| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 先生偉すぎや…。
Posted by にこ at 2011年07月23日 00:05
勇気をもらいました

受験勉強くらいでへこたれてはいけないという思いがこみ上げました

常に粘り強く頑張る姿勢を持ち続け、人に寄り添い続ける優しさと強さを身に着けるるため、毎日を精一杯生きていきたいと思います

ありがとうございました
Posted by たかし at 2011年07月23日 03:27
にこさん
ありがとうございます。ただ,全然偉いとかそういうことではないのです。
もっと偉い人はたくさんいますので,私にはそこまではできません。できる範囲で行動しただけです。それを超えることはできません。もっと力をつけなれけばいけないと思いました。
Posted by 向田恭平 at 2011年08月24日 11:30
たかしさん
素晴らしい意気込みです!人のためになるためには,弱さを経て手に入れた強さが絶対に必要です。
たかしさんの今後の大活躍を楽しみにしています!
一緒に頑張っていきましょう!
Posted by 向田恭平 at 2011年08月24日 11:32
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